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sigh(サイ)・・それは「溜息」を意味する言葉、毎日を溜息と共に黒ラブCINDYとすごすCINDYMOMの日記的Blog・・
 

 

 
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只今、思いをつづっている最中です~しばらくお待ちください♪
(5/20 22:00追記※「続きを読む」をクリックでご覧いただけます)
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「ムコウダクニコ」
という名を初めて知ったのは1981年(昭和56年)の8月だった。
人を「知った」きっかけの年と月を
こんなに克明に覚えているのには訳がある。

なぜならその夏、彼女は「航空機事故」で帰らぬ人となったからだ・・
新聞の1面に載っていた飛行機の写真と彼女の死を知らせる
でかでかとした活字を私は今でも頭にはっきりと
頭の中に甦らせることができる。

彼女が誰か知らなかったけれど
すごく有名な人なんだ・・ということを漠然と思った。
しかし、わたしはこの事故の前に「向田邦子」という人物を
すでに間接的に知っていた・・彼女の作品を通して・・

「時間ですよ」は銭湯の話だけに裸のシーンがあり、
「寺内貫太郎一家」は子連れのやもめと再婚だのなんだの、
世には子供には見せたくないとお思いの親御さんも
いらっしゃったと思うが、我が家ではまったく制限なし!
私はあの時小学生だったけど、
物語の中にちりばめられた小さな面白おかしさがたまらなく好きだった

その脚本を彼女が書いていたなんてぜんぜん知らなかった。

その後いくつかの彼女の作品はテレビで放映されたと思うが
受験勉強におわれていたり、バイトに忙しかったり、就職したり、
留学したり、結婚したり・・
もしかしたら見たかも知れないけれど、ぜんぜん記憶がない・・

だが私は、私が結婚して新居に移ったその土地で再び、
「向田邦子」という名を眼にすることになる・・

彼女の名前は、新居のそばにあった古本屋に初めてはいった日、
何気なしに見ていた棚にあった。

         「父の詫び状 向田邦子」

私はそれまで
向田邦子さんが本を書いていることを知らなかった。
本屋で彼女の名前を見ることがあるとは思いもよらなかった。
まさに「遭遇」だった。

しばらく立ち読みしていたけれどページを繰る手が止まらない。
家に帰ってソファにどっかと腰を落ち着けじっくりと読まねば
気がすまなくなってきた。
早速、少ししなびた古本をてにいれた。

家にかえってからはもぅ、怒涛のように何度も読み返した。
その日のうちに少なくともいくつかの話は3度は読んだ。
「父の詫び状」はエッセイであって辞書ではないから
日に何度も手にとって読むものではないのだろうけど
もう私にとっては「辞書」にも等しかった。

小さなルビをふられた漢字の数々はいまや使われることは少ないけれど
それでいてとても大切にしたい言葉ばかりだったし
文の中にちりばめられ、描かれる家族の風景や人への気配り、
係わり合いの妙は自分に足らないものを補ってくれるようだった。

読み返せば読み返すほど私は後悔した。
向田邦子さんと私の人生は15年ほどバッティングしているのに
私が彼女を知ったときに彼女はその人生を終えている・・
1年でも2年でも早く彼女を知っていればどんな形にせよ
彼女の息吹を感じられる何かに触れられていたかもしれないのにと
口惜しい気持ちでいっぱいになった。

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今回の企画展では「父の詫び状」の中のいくつかの原稿も
展示されると聞き、矢も立てもたまらず足を運んだのだが
実際実物を前にしてなんだか訳もわからず「ジーン」としてしまった。

お好きだったという柔らかめの鉛筆で、ときには消しゴム跡の上に
ほんとうに向田さんが書かれた字がある。
それを見ている自分が不思議でもあったけど、
あんなに素敵な文や脚本を書いた方が夢まぼろしでなく
本当に実在していたということを実感できて「ボーっ」とした。

会場のあちこちに展示されている写真の中の向田さんは
どの世代に写されたものも凛として美しかった。

生まれもっての美貌もさることながら
身につける品にもペン一本にも向田さんらしいセンスをお持ちで
それが彼女の美しさに一層の輝きを与えていた。
所有のコートや愛用のメガネ、そのどれもが今を生きている私でさえ
「素敵・・」とため息がこぼれた。

仕事一筋の強い女性をイメージしていたのだけれど
とても大きな痛みをともなった、
それでいて幸せを漂わせた素敵な恋もしていらっしゃった。
なんだかますますあこがれた。

父上の仕事の関係で日本の各地を転勤で転々とされたこと・・
何度か大病にかかられたこと・・
今よりはずっとマイノリティだった「シングル」を通されたこと・・
そして・・飛行機事故によって命を終えられたこと・・

向田さんがおっしゃった言葉がかかれたパネルを読んで
「ああ・・なるほど」とおもった

「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」
という意味のことをおっしゃったのは、
たしか小林秀雄という方と思う。
さすがにうまいことをおっしゃるものだと感心をした。
私は出逢った事件が、個性というか
その人間をつくり上げてゆくものだと思っていたが、
そうではないのである。
事件の方が、人間を選ぶのである。



しかり・・・

あの古本「父の詫び状」も私にとっては事件だった。
まさに事件に選ばれ導かれ私は本棚の前にいたのだと思う・・
あの偶然の答えさえ向田さんは教えてくれた。

そしてまた再び今、
しかし今度は古本でなく
彼女の企画展で出会った新装丁の「父の詫び状」を
私はまた読み返している・・
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